頭を撫でる手は振り払われなくなった。 抱き締めれば、彼の指先は俺の服を僅かに掴んだ。 好きではないと不遜な態度で言ってみせたキスでさえ、碌な抵抗もせずに受け入れた。 万事が意のままだった。 血の色に似た瞳は静かに瞼の奥へと沈む。 触れ合わせた唇を離すと、ティエリアは呟いた。 「僕は、」 僕はきっと貴方を殺してしまう。貴方は死んでしまう。 血の色に似た瞳は俺を見ていた。正確には、俺の右目が在った場所を見ていた。切実だったと言っていい。ただ其処へ在る、といった様子だった筈の彼の瞳は、不安定にして陰惨な気配を漂わせている。 白い指先は、最早かろうじて俺のシャツへ引っ掛かっているだけだった。 「そうかもな」 抱き締める。ティエリアは見動いて、同時に、息を飲んだ。顎を掴んで上向かせると、反射的に逃れるそぶりをしてみせ、けれども、また右目を見てはぎくりと硬直する。そして、弛緩する。 まるで監獄だ。俺は冷ややかな看守で、彼は幾らか自虐趣味のある虜囚だった(或いは、とびきり美しく従順な虜囚、即ち"玩具"であった)。 仕掛けたキス、遠慮無しに口腔を掻きまわす舌先は拒まれない。今は葡萄色の後頭部を支えているこの手が、たとえ数十分後にはどれほどに彼を乱し辱める事になろうとも、それらは全て容認されるだろうと予測し、既に理解をしている。空の身体だけが徐々に縺れてゆき、其処へ満ちるのは(プロセスはどうであれ)ありきたりな欲ばかりなのだろう。 握り締められたシャツが、きしり、と音をたてる。頬に薄く触れる睫毛は、死にかけた憐れな山羊か何かのように震えた(俺は鍵を開けない、彼は扉に手をかけようともしない) 代償と花の言葉 2008.3.23 上 au.舞流紆 それらの代わりに手に入れたひと、 |
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